DVDで「マレフィセント」を観ました

映画館でやっていたときに観たかったけれど時間がなく結局観れずじまいだった「マレフィセント」。

夜ゆっくりできる日があったので、家で夫と二人観ようとレンタルしてきてもらいました。内容をよく知らないままだったのですが、眠れる森の美女に出てくる悪い魔法使いが主人公のお話でした。

実写版はあまり好きではなかったのですが、主役のマレフィセントにも、眠れる森の美女となるお姫様にも感情移入して、とてもおもしろかったです。マレフィセントは悪い魔法使いになってしまったけれど、本当はいい人だというところがよかったです。

そしてお姫様も愛嬌があってかわいかった。感動もできた映画でした。ちょっと子どもたちが観るには怖いかなと思いますが、逆にディズニーに興味のないような大人が楽しめる映画だなという感じでした。集中して映画を観られるときには、私はできるだけ音声を英語にして、日本語字幕で観るようにしています。

劇中の会話は早すぎてほとんど聞き取れませんが、それでも少しは聞き取れる部分があるし、耳慣れていく気がするので映画をただ楽しみで観ているだけでなく、同時に勉強している気分にもなれます。

また、吹き替えだと時々不自然に感じるところがあったりもしますがそれがなく役者の声をそのまま聞けるのも魅力です。次は何を観ようかわくわくしています。お勧めのものを誰かに聞いてみようかな。

ローンの残高が書いてありました

ポストに入っていた、うちの不動産登記簿には、銀行の住宅ローンの残高が記載されていました。こんな不気味なことはありません。反対隣りの奥様にお話しして、警察にもっていき事情を話しました。しかし、警察は相手にしてはくれません。

おじいさんが怪しいと感じました。もちろん、引っ越しのあいさつも建築中も2回もあいさつに行っています。
そのうちに、今度は玄関ポストの上に、ジョージアの近くの珈琲缶がおかれるようになりました。それも、50回以上は置かれています。若者がやったと思いました。ところが、後になって、お隣のおじいさんが怪しいことが分かったのです。珈琲缶も初めは自分で捨てていたもののの、頭にきて、そのうちに2メートルある歩道の前の植え込みのコンクリートのところに、見せしめにおいてやることにしました。2年以上たってからです。すると、誰かが片付けています。

おばあさんもいるのですが、まったく、悪いと思わないのです。日本に住んでいるから、いいおじいさんということがないのです。まさか、老人がするとは思いませんでした。70過ぎです。

薄気味悪いことばかりするおじいさんです。そのいやがらせに、ノイローゼになりつつありました。

相手への信頼気遣い。

結局、他人に関しては、金がなくなると去っていきました。他人を金だけというのは、中々難しいです。
どうやって彼らの心理を楽にしてあげるのか、そこが僕の当初の問題だったのですが、結局、人の癖というのは中々治らないものです。
では、思考の転換、これは結構大事です。
金のみだと、苛々してきますし、常に不安や焦燥や、色々な感情が出てきます。
問題として、親父に関していうと、親父の気持ちを理解した上で、協力してあげる事だと分かりました。
他人に関しても、道理を踏んだ上で、対等に接するというのが実は大事なんです。
道理を踏まないで説教して相手は聞かないでしょう。
しっかりあなたの味方である、という信頼関係は、最初は金からでもいいでしょう。心から打ち解ける方法の一つは、相手の尊厳を保つ事です。
次に、裏切る事はこちらからないとちゃんと示す事です。
それにはお金だけで来る場合、約束をしっかりさせる事です。逃げてしまう人も確かに多いです。それ以上に逃がさず、こちらが、どう信頼させるかという事です。
親父は家族ですから、ちゃんとプライドをたてた上で、協力してあげる事が、大事なのです。
金を借りるのは信頼を壊します。逆にこちらが相手と信頼を結ぶ努力が大事です。

確かに挫折したのでしょう

誰か良い友人がいるといいですね。若い人だと。
若さゆえの信頼関係がしっかり出来ていると、結構成長すると思っています。
それの一つにライバルというものがあるでしょう。
負けないと思った時から、ハングリー精神で、人間はどのようなものも、目座すものへのエネルギーに変えていく事が出来ます。
僕も、迷う事があります。
結局、死んだ哲学に等しいのだと思っています。一つにはギターは弾ける自負はあっても、それが大したものでもなく、又、ずっと否定されていたからだと思います。

人間は確かに褒められると喜びますし、けなされると、落ち込みます。
前から書いてましたが、結局、他人ではなく、自分に忠実である事が、一番大切だと思います。
誰かの真似でもなくて、これをすると決めたら突っ走ると人間は、ずっと成長していくと思っています。

僕は音楽の講師だとかも考えました。はたちくらいにうつ病で倒れていなかったら、未だに演奏といううものを続けていたでしょう。
言い訳ですが、薬で手が動かない時期もあり、治った時には、もう30を超えていたので、特に技術的に生きるものはないと思っています。

親父に似ていると思います。結局、挫折してしまったのだと思っています。

静けさと動き始める朝

朝で思い出しましたけど、ご近所の奥さん、左手が痛くなるのが朝だって言っていましたけど、大丈夫でしょうか。
心配ですね。
ご子息様も、気を遣っていると思うのですけどね。

この時間帯は特に好きになれないというのは、思い出として残るように思えます。
僕は精神の調子もありますけど、昼下がりが一番嫌いだった時がありました。今はないのですけど、その時間帯、中学校の下校時刻だったからではないでしょうか。
下校時刻は嫌な思い出が結構多く、ずっと気持ちに残っています。
けだるくなるのですね。
今は深夜が一番大変だとは思いますけど、ブログに向かって思いを綴っているだけで、本当に心が晴れます。

精神病って不治の病ですが、ちゃんと服薬していけば、良くなっていきますし、段々、健常者と差のない生活も送れるでしょう。
深夜って多分、色んな風に焦っていたりしているのだろうなと思っています。

まあ書いた事は嘘ではありません。書家であったり、画家であったり、その夢は消える事はないですし、やっぱり何かをしていた方が人生は幸せです。
親父、外に行きましたね。今日の客は何人でしょうね。
今日は祝日なので、全然客が遊びに来るのですね。
昼の時間帯はとりあえず寝ていましょう。